『彼女に関する十二章』中島京子

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歳を重ねると感性がより豊かになると言ったのはだれだったかしら?

「50歳になっても、人生はいちいち驚くことばっかり。」

何歳になっても、日々新しい感動を積み重ねて生きたいなぁ。いいことばかりじゃないからな。

でもね

「今日と明日は違う一日で、それぞれ新しいことを体験する、それを知るだけでも意味はあるんだと」せっかく生まれてきたんだもの、生きて生きて生きて、できる限り遠くまでいってみよう、

なんて思う。

 

小説の中にある中原中也の詩

頑是ない歌
詩集「在りし日の歌」〜在りし日の歌
 

思えば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛(きてき)の湯気(ゆげ)は今いずこ

 

雲の間に月はいて
それな汽笛を耳にすると
竦然(しょうぜん)として身をすくめ
月はその時(とき)空にいた

 

それから何年経ったことか
汽笛の湯気を茫然(ぼうぜん)と
眼で追いかなしくなっていた
あの頃の俺はいまいずこ

 

今では女房(にょうぼう)子供持ち
思えば遠く来たもんだ
此(こ)の先まだまだ何時(いつ)までか
生きてゆくのであろうけど

 

生きてゆくのであろうけど
遠く経(へ)て来た日や夜(よる)の
あんまりこんなにこいしゅては
なんだか自信が持てないよ

 

さりとて生きてゆく限り
結局我(が)ン張(ば)る僕の性質(さが)
と思えばなんだか我(われ)ながら
いたわしいよなものですよ

 

考えてみればそれはまあ
結局我ン張るのだとして
昔恋しい時もあり そして
どうにかやってはゆくのでしょう

 

考えてみれば簡単だ
畢竟意志(ひっきょういし)の問題だ
なんとかやるより仕方もない
やりさえすればよいのだと

 

思うけれどもそれもそれ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気は今いずこ

 

そして、これは私へ送られてきたメールから

これも中原中也です。

「志明らかなれば冬の日を吾は嘆かず

そが我が皮膚を刺すにまかす。

冬の夜でした

陽気で淡々として己を売らず

我が魂の願うことであった」

 

ずいぶんと久しぶりに

ふと思い立って

きままなお出かけを愉しんだ一日でした。

 

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