湯を沸かすほど熱い愛

弊社主催のまほろば映画祭で上映することが決定したので、原作もろとも映画も観ることに。

ずいぶん前に書いていたんだけれど

やはり私には書ききれなかった。

弊社のN会長が2回にわたって書いたものを

引用させていただく。####################

ウーマンライフWEB版「シネマ365日」より。#####

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余命2か月とわかった双葉(宮沢りえ)の視線は、すべて自分の死後に移行します。娘の安澄(杉咲花)に「番台に座ってみて」と言う。安澄が番台に上がる。こういうふうに娘は番台に座るのだな、と双葉は思う。娘が学校でイジメにあっている。制服を盗まれた。体操服で行けと双葉はいう。「今日行かなかったら一生負け犬だよ」。「お母ちゃんみたいに、わたし、強くない」娘泣く。程なく亭主の一浩(オダギリジョー)が「安澄、体操服で学校、行ったよ」と言いに来る。双葉はハッと現実の母親に戻る。朝ごはん食べさせていなかった。牛乳を一本ひっつかみ「これ飲ませて」と亭主に追いかけさせる。午後、娘が制服を着て帰ってきた。気の弱い娘がどれほど突っ張ったか、双葉にはわかる。「頑張ったな」と小さく声をかける。お母ちゃんが死んだあともそうやるのだよ、と心に思う。娘は文字通り体を張ってイジメ組から制服を奪い返したのだった▼双葉は銭湯「幸の湯」に嫁入りした。夫は1年前「1時間だけパチンコしてくる」と言ったきり帰らなくなった。以来「幸の湯」には「湯気のごとく店主が蒸発しました。当分の間、お湯は沸きません」と張り紙が出ている。双葉はパン屋のパートで働き、娘と湯の出ない銭湯を守ってきた。余命を聞いて空の湯船に身を隠し泣いた。死ぬまでに3つ、やることを決めた。①亭主を連れ戻し銭湯を再開させる。②気が弱くやさしい娘を自立させる。③娘を産みの母に合わせる。安澄は自分が産んだ子ではない。生まれたばかりの娘がいる今の亭主と結婚したのだ。娘の産みの母は毎年カニを送ってくる坂巻君江だ。探偵を雇って亭主の居場所を突き止めた双葉は、二、三カ月で私は死ぬと教えてつれもどした。亭主が愛人から押し付けられた連れ子の鮎子も引き取る。風呂場の掃除は4人全員でやることと決め、とにもかくにも「幸の湯」からは風呂を焚く煙が立ち上るようになった▼双葉は安澄を君江に合わせる旅に出る。土産物屋と食堂を兼ねる富士山のよく見える町に来た。「あれが本当の母親」だと教え、「挨拶してきなさい」と安澄を置いて車を出す。君江の店に戻った安澄は上手な手話で会話する。「手話ができるのね」ときかれ「母がいつか役に立つから勉強しなさいと言った」と答える。双葉には親子をいつか再会させる日が、ずっと前から視野に入っていたのだ。旅の途中、向井という、あてもなくヒッチハイクしている青年を乗せた。「僕の家は今の母で3人目。目標とか目的を決めたらそこへ向かわなくちゃ、いけないでしょ。旅は飽きたらやめる」「あなたの腐った時間に付き合っていると思うとヘドが出る」と双葉。「サイテーですよね」と自虐ネタにする向井。「日本の最北端を目指しなさい」と双葉は青年に目的地を与えた。「目標を達成できたら報告に行ってもいいですか」「いいよ。でもちょっと早目に来てね」と言って別れる。そして旅の途中で倒れた。入院した双葉にあと一つしたいことがあった。自分の母親に会うことだ。詳しく語られていないが、双葉もまた子供の頃に母親と生き別れになった娘だった。平凡な日常に埋もれていた、それまで気にしていなかった過去に、双葉は自分の「死後」の目を通して向き合います。

 亭主の一浩がヌエのような性格で、こういうヘタレに得てしてしっかり者の女がつくという定番ケースです。入院した双葉は「あなたの言うことなんか。新婚旅行にエジプトのピラミッドに連れて行くという約束もまだだし」「何年前のこと、言ってるんだよ」。彼は高校を中退した。父親が急に死んで稼業の「幸の湯」を継ぐことになったからだ。風呂の釜を焚く彼の背中には炎の陰になった哀感がある。これに女が惹かれるに違いない。安澄が「お父ちゃんが、これ」と言って小さな三角形の木材を持ってきた。ピラミッドのつもりだ。風呂炊きの木材の破片から作ったに違いない。ここで監督は映画を甘くしない。「こんなスケールの小さな男と結婚したかと思うと涙が出る、とお母ちゃん、言ってた」と安澄が伝える▼双葉の母親の行方を捜していた探偵が報告に来た。以外と近くに住んでいた。「会いたい」今から行くと双葉は力をふりしぼって病院を出る。探偵は車に双葉を残し、くだんの家をピンポン。戻ってきて言いにくそうに「私にはそんな娘はいないと」すっと血の気の引いた双葉は「そうですか。わかりました」。探偵に支えられ家の前に行く。見えた風景は双葉くらいの年頃の女性と、小さな女の子と笑顔を交わす実の母だ。ムラムラと何かがこみあがる。玄瀬戸物の置物をつかんだ双葉は思い切り投げつける。ガラスの割れたような音がする。探偵は双葉をおぶって車に走り戻る。病院に戻った双葉はもう息をしているだけだ。安澄が付き添っているが、握った手を握り返す力もない。夜、ケータイに着信があった。安澄からだ。「ゆっくりでいいから窓から外を見て」。探るように窓にたどり着いてあたりに目を凝らす。病院の庭がある。そこに、家族全員が3段のピラミッドを作っていた。一番下に一浩と探偵と、目標を果たし、幸の湯で住み込みで働くことにした向井青年。二番目の段に君江と安澄。小さい鮎子がちょこんとてっぺんにいる。「生きていたい、死にたくないよゥ」床に崩れ双葉は泣いた▼どうにもこうにも参りました。当社の「まほろば映画祭」で来年2月上映します。本作を選んだダイバーシティ研究会メンバーのチョイスに一票を献じたい。たくさんの方に見ていただきたい映画です。りえちゃん、いい女優になりましたね。オダギリジョーが「一緒に暮らして欲しいの」と女に言われ「提案に乗ったのだよ」などと、とぼけたことをぬけぬけ聞かせる、脱社会男を好演しました。母親の出棺のとき、安澄が「ありがとう。もう大丈夫だよ」と声をかける。若き三代目誕生です。これがいちばん双葉の聞きたかった言葉でしょうね。f:id:donmairiki:20190108073936j:image